この処連日新聞、テレビで報じられている[耐震偽装問題][ライブドア不正取引問題]などを見ていると、企業
経営者にとって一番大事な[倫理]と言う面が欠落した結果生じた事象の様な気がしてならない。是までも、様々な企業が引き起こした、反社会的事例は数多くあり、我々の記憶に新しいが今回また一部の企業経営者に纏わる同様な事案の発生を見るにつけても、企業のあり方、企業経営者の経営理念を改めて問い糾したい心境である。下記の拙文は以前公害問題が発生した折に書き綴ったものであるが、今回の一連の事案発生を機に私自身が[企業経営者の倫理観]の問題を今一度考えたいとの思いから書き替えたものである。お目通しを頂ければ幸いである。21世紀、この新しい世紀こそ現在の成熟した物質文明に訣別して、創造性豊かな精神文明に生まれ変わる転換期であり、これまでの「モノ」重視の価値観に替わって「心」と言う新しい価値観が時代の潮流となる新世紀でもある。このような新しい時代の中で、今、改めて企業経営者に対し経営の理想像とは何か、そしてこれを成就する為にはどの様な行動規範が必要か、が問われているのではなかろうか。飜って我が国も戦後60年を経て近代国家へと大きな飛躍を遂げ、経済面でも幾多の試練を経ながら今日世界に冠たる経済大国としての地位を不動のものとした。この間経済の分野でも数多くの先達者が輩出したが、中でも今日の日本経済の基礎を築いた実業人の一人として渋沢栄一翁を忘れる事が出来ない。往時にあっても既に企業の社会的責任と企業人の倫理観を説き続けた姿は、企業人としてのあるべき姿についてその原点を示したものであり、バブル崩壊後、企業の社会的責任と企業人のモラルの荒廃が大きな社会問題としてクローズアップされた折にも改めて翁の偉大さを思い知らされたのであるが、今又改めてこのことを深く考える必要があるのではなかろうか。過去の高度成長期にあっては経済の成長と言う美名に隠れて繰り広げられた様々な反社会的、モラルの欠如した企業活動はバブル崩壊後次々とその実態が露呈された。これらの問題は畢竟、経済成長を錦の御旗として、世を挙げてバブル景気に浮かれていた様々な歪みが顕在化したものであり、この反省の上にたって政・官・財界が一体となって、この様な反省の上に立って新しい時代のスタート点に立ったはずである。その際に求められたのは社会全体の意識の改革と、新しい時代に処する的確な時代認識、更には変革に向けての積極的行動力であった。「企業は人なり」とは、古くから引用されてきた言葉である。これまでの日本経済を支えてきた最大の牽引力は中小企業を主力とした企業活動であったが、これからの企業活動にあっては、企業に携わる一人一人の企業人としてのあり方が企業の存立にとって最大の決め手になると言っても過言ではない。これまでの我が国の企業発展を支えてきたバックボーンは、滅私奉公型の終身雇用を主軸とした雇用システムであると内外の識者からも称賛されて来たが、この様な我が国独自の雇用システムも21世紀を迎えて大きく変化しつつある。これまでは個人よりも組織を重視した集団としての統合力が企業発展の基盤であったが、これからの時代は一人一人の「個」の集積力が問われる事となろう。正に21世紀の企業人に求められる人間像は、企業と社会との共生を基本に据えながら、変化する時代の流れの中で創造性豊かな行動を通じて社会に貢献して行く、そんな生き様ではなかろうか。その意味からも、企業に携わる経営者も社員も、常にこのことを基本理念として日々の活動に取り組んで行かなければならない。又、「企業は人なり」と言われている事から見ても、企業人の在り方も畢竟企業の在り方と軌を一にするものである。その意味から私は現代社会で求められている企業人の行動規範として「倫理性」「国際性」「自立性」「社会貢献性」の四点が挙げられると思っているが、昨今の企業に関わる事例を見るにつけても、[倫理性]が極めて重要な点ではないかと考えている。そこで本稿ではこの[倫理性]に的を絞って私見を述べてみたい。企業にとって適正な利潤を確保し、安定した経営基盤にたって円滑な事業を行いこれを拡大再生産に繋げる努力は企業が成長を遂げる上での原動力であると同時に国民生活の質的向上に資する道でもある。しかしこれまでの企業活動の歴史の中では、市場経済の発展に伴い、企業活動が利潤獲得の最大の目的であるとの誤った考え方に基因する一部企業人の反社会的行為によって多くの悲劇的な事象が列挙されて来た。特に近時環境問題が人類共通のテーマーとして全地球的規模での拡がりを見せている時、我が国でも公・私企業によってもたらされた公害・薬害等、市民生活に大きな影響を及ぼす様な反社会的行為が次々と明るみに出たが、此の後も食品、金融などを始め様々な分野に於いても企業の倫理性が問われるような事件が相次いで起つてきた。これら一連の事件の最大の要因は素より企業の倫理観とモラルの欠如によるものではあるが、これを黙認して来た時代背景も併せて考える必要があるのではなかろうか。技術の進歩に伴い、高品質化、多機能化を商品開発の至上命題と位置づけ、競合市場での優位性確保に向けて各企業が繰り広げる過剰な迄の開発戦略は、消費者に対して本来企業が負うべき安全、安心という基本的原則を蔑ろにしてきたことが企業のモラルの欠如として指摘を受ける様々な問題を発生させる根源となっている事は否めない事実であろう。今回[耐震偽装問題][ライブドア不正取引問題]等がクローズアップされているが、これらの経営者を含めた企業の[倫理観]を考える時、これらの事案を他山の石としながら、社会全体が倫理を最重要視する様な社会環境を醸成することが多発する凶悪な犯罪を抑止するためにも必要不可欠である。一方企業人も常に倫理を行動基準の中心に据えながら自己責任を果たすことが企業存立の第一要件である事を銘記すべきであろう。今回の一連の事案は、我々にとって[倫理]の大切さを考えさせられるきっかけとなった。[物(金)]よりも[心(倫理)]を大事にする社会的風潮が高まることを願いたい。
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